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東京高等裁判所 平成5年(ネ)1859号 判決

山形県鶴岡市大字中野京田字大坪五番地

控訴人

株式会社広田製作所

右代表者代表取締役

廣田豊實

右訴訟代理人弁護士

新長巖

吉永順作

神奈川県足柄上郡大井町金子一八三九番地二

被控訴人

産輸システム技販株式会社

右代表者代表取締役

白井秀昭

右訴訟代理人弁護士

及川昭二

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた判決

一  控訴人

主文と同旨

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

一  被控訴人の請求の原因

1  当事者

被控訴人は、輸送システム技術の販売、相談、指導及び開発、輸送機械、工具類、車両及び計算機に関する輸出入及び販売等を目的として、昭和四六年三月二七日に設立された株式会社である。その代表者は、設立当初以来、現代表者である白井秀昭(以下「白井」という。)である。

控訴人は、荷締機及び各種機械の製造、販売等を目的として、昭和三九年七月三一日に設立された株式会社である。

2  被控訴人による被控訴人製品の製造販売

被控訴人は、昭和五三年ころ、別紙(一)記載のパネル用接合機(以下「被控訴人製品」という。)の製造販売を開始し、以後これを続けてきた。

右販売に際しては、別紙(三)被控訴人商標に示されるとおりの商標(以下「被控訴人商標」という。)を付してきた。

3  被控訴人製品の周知性と商品出所性

以下に述べる各事情が相まって、被控訴人製品の形態とそれに付された被控訴人商標は、一体となって、遅くとも昭和六二年五月ころには、被控訴人の販売する商品であることを示す表示として、当業者の間に全国的に認識されるに至った。

(一) 昭和六二年八月ころ、後述のとおり、控訴人が控訴人製品の製造販売を開始するまでの間は、被控訴人製品は、この種パネル用接合機(以下、この種パネル用接合機を「本件製品」ということがある。)として我が国唯一のものであり、これと同種の商品は全く存在しなかった。

(二) 被控訴人製品は、別紙(一)記載のとおり、その形態が特異性を有する。

(三) 被控訴人製品には、出所表示として特別顕著性の高い被控訴人商標が付され、これと前記形態とが一体となって、高い出所表示性を有するものとなっている。

(四) 被控訴人は、昭和五三年ころから昭和六二年五月ころまでの間に、年間約三〇〇台、合計約二五〇〇台の被控訴人製品を販売した。

(五) 被控訴人は、右約一〇年の間、継続的に販売するほかに、大々的な宣伝広告活動を行ってきた(甲第四号証ないし第一二号証)。

4  控訴人による控訴人製品の製造販売

控訴人は、昭和六二年八月ころから、別紙(二)記載のパネル用接合機(以下「控訴人製品」という。)の製造販売を開始し、以後これを平成元年五月二〇日まで続けた。

右販売に際しては、別紙(三)控訴人商標に示されるとおりの商標(以下「控訴人商標」という。)を付してきた。

5  被控訴人製品と控訴人製品の形態の類似及び被控訴人商標と控訴人商標の類似による出所の混同(控訴人の行為の不正競争防止法該当性)

(一) 被控訴人製品と控訴人製品の各形態の間には、把手の形状において相違があるほか、機構的にいくつかの違いがある。

しかし、これらの差異は、全体形状の類否という観点からみるときは、いずれも微差の域を出ず、両製品を全体的に対比すると、同一に近い印象を受け、そっくりといってよいほどよく似ており、混同されるおそれがあることは、明らかである。

(二) 被控訴人商標と控訴人商標は、その基本構成(模様、図形、色彩、配列、書体)においてすべて一致しており、これを全体的にみれば、両者が類似していることは明らかである。

前者の「トルクワイヤー」が後者においては「トルクタイトナー」となっている点のみにおいては、両者間に相違があるが、それとても、「トルク」の部分を大きくそれ以外の部分を小さくしている点では同じであることからすれば、全体としての比較においては、全くの微差としかいいようがない。

(三) このように、控訴人製品の形態と被控訴人製品の形態及び控訴人商標と被控訴人商標がいずれも類似しているため、控訴人による控訴人商標を付しての控訴人製品の販売により、それらが被控訴人の販売に係るかのような外観が生じ、両製品の間に出所混同が発生し、これにより被控訴人は損害を被った。

(四) したがって、控訴人による前記控訴人製品の販売が、不正競争防止法一条一項一号(平成五年法律第四七号による改正前のもの、以下、同法の条文は、いずれも右改正前のものである。)に該当することは、明らかである。

6  控訴人の故意過失

(一) 昭和五三年ころ、被控訴人と控訴人との間に、被控訴人を委託者、控訴人を受託者として、被控訴人製品並びにハンガークランプ及び床吊りフック(いずれも住宅建築用の治工具)に関する専属的製造委託契約が締結され、以後、これに基づき、被控訴人はこれらの製造を委託し、控訴人は、これを受諾して、製品を製造し、被控訴人だけに供給するという関係が続いた。

前記約二五〇〇台の被控訴人製品も、このようにして控訴人が製造し供給した製品の一部である。

(二) 前記契約は、昭和六二年五月二九日、合意によって解約された(甲第二二号証、解約合意書)。

右解約に当たり、控訴人は、同日付け確認書により、同日以後被控訴人製品を含む前記各製品を理由のいかんを問わず製造販売しないことを、被控訴人に約束した(甲第二三号証、確約書)。

(三) これらの事実に照らすと、控訴人による前記不正競争防止法違反行為が、故意又は過失によりなされたものであることは、明らかといわなければならない。

7  損害

商標法三八条一項を類推適用して、控訴人が右不正競争防止法違反行為によって得た利益の額をもって、これにより被控訴人の受けた損害の額と推定するのが相当である。

右額は、以下のとおり一六九八万四三五〇円となる。

(一) 控訴人の昭和五九年一一月から昭和六二年五月までの被控訴人製品の販売数量を、控訴人から被控訴人に報告された具体的な実数(甲第二四号証の二の右欄記載のもの)によって求めると、販売月数三〇で合計六四五台、すなわち月平均二一・五台である。

(二) 右数値を基に、昭和六二年六月から平成二年七月(本訴提起の前月)までの販売台数を推計すれば、八一六となる。

(三) 被控訴人は、被控訴人製品を、控訴人から一台当たり一万〇三〇〇円で仕入れ、平均二万〇六五〇円で販売して、一台当たり一万〇三五〇円の利益を得ていた。

(四) 一台当たりの利益の右一万〇三五〇円に右販売台数の合計一六四一を掛けると一六九八万四三五〇円となる。これが、前記不正競争防止法違反行為により控訴人の得た利益であり、被控訴人の受けた損害と推定される。

8  よって、被控訴人は、控訴人に対し、不正競争防止法一条の二第一項に基づき、損害賠償金一六九八万四三五〇円及びこれに対する平成二年八月二八日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する控訴人の認否

1  請求の原因1(当事者)は認める。

2  同2(被控訴人による被控訴人製品の製造販売)は、製造に関する部分を否認し、その余を認める。

被控訴人製品を開発して製造していたのは控訴人であり、被控訴人は、控訴人からこれを購入して販売していたにすぎない。

なお、被控訴人が被控訴人製品の販売を開始したのは、正確には昭和五二年である。

3  同3(被控訴人製品の周知性と商品出所性)は争う。

(一) 出所表示としての商標の周知性の獲得と、出所表示としての商品の形態自体の周知性の獲得は、全く別個のものであり、それぞれが不完全であるときでも両者が一体となれば完全になるというものではなく、それぞれが不完全であれば、当該商標を付された当該商品全体の出所表示性の周知性も不完全である。

したがって、被控訴人製品の形態と被控訴人商標とが一体となって有する出所表示性が周知性を獲得したとする被控訴人の主張は、主張自体、被控訴人商標を付された被控訴人製品の出所表示性は周知性を獲得していなかったことを自認するに等しいものといわなければならない。

(二) 本件製品が被控訴人製品あるいはその前身以外に全く存在しなかったことは認めるが、類似品としてのワイヤーロープ緊締装置は、他にも「ヒッパラー」、「シメラー」等の名称で存在した。

(三) 被控訴人が、昭和五三年ころ(正確には昭和五二年)から昭和六二年五月ころまでの間に合計約二五〇〇台の被控訴人製品を継続的に販売したことを認めるが、この事実は、被控訴人主張の周知性獲得の根拠になるものではない。

(1) 後述するとおり、前記期間中の被控訴人による被控訴人製品の販売は、実質上、直接あるいは訴外株式会社にしき(以下「にしき」という。)を通じて行う訴外ミサワホーム株式会社(以下「ミサワ」という。ただし、その関連会社を含めて「ミサワ」ということがある。)あるいはその関連会社へのものだけであり、それ以外にはほとんど存在しなかった。

(2) ミサワは、本件製品等の治工具を、一貫して自己の商品として宣伝販売してきた(乙第一〇、第一一、第二九、第三〇号証)。特に、本件製品が開発された当初の昭和五二年ころはともかく、ミサワが自己の専用工具としてこれを採用するようになった昭和五五年ころ以降は、宣伝広告は、同社が各指定工務店に対する住宅建設指導の一環として実施し、控訴人はもちろん、被控訴人も、同社と良好な関係にあった間は、独自の宣伝広告はしていない。

(3) 被控訴人は、昭和五六年半ばころまでは、実質的にも、控訴人から被控訴人製品を購入しそれをミサワに販売する事業に携わっていた。すなわち、控訴人は、被控訴人からの注文に基づいて、被控訴人の指示したミサワ関係の納入先に納入し、被控訴人から代金の支払を受けていた。

しかし、そのころ、右取引ににしきが介入してきて、その形態が変わった。すなわち、控訴人は、にしきからの注文に基づいて、同社の指示したミサワ関係の納入先に納入し、その代金だけは被控訴人から支払を受けるという形になった。

さらに、昭和五九年以降、被控訴人は、ミサワとの関係が途絶してミサワへの販売は全くできない状態となり(乙第一七号証)、しかも、昭和五八年末から昭和五九年初めにかけてのころ事実上倒産し、それ以後昭和六二年の半ばころまでの約三年間ほとんど営業中止の状態にあって、ミサワ以外の業者に販売できる可能性もほとんどなかった。そのため、被控訴人と控訴人との被控訴人製品の取引は、昭和五九年一三台、昭和六〇年〇台、昭和六一年一二台、昭和六二年(五月末まで)二九台にとどまっていた(甲第二四号証の二)。

(4) 被控訴人製品の具体的な販売形態は、細長の段ボール箱の側面に「トルクワイヤー」、端面に、販売者としての被控訴人名及び製造者としての控訴人名とその住所電話番号を表示し、商品自体には、一側面に被控訴人商標を、他の側面に被控訴人のマークである蟻図形のラベルを貼付し、かつ、別に作成した控訴人名のみの入った取扱説明書(乙第二二、第二三号証)を箱内に入れて発送するというものであった。

(5) このような事情の下で、被控訴人商標の付された被控訴人製品を、約一〇年間に約二五〇〇台ミサワに販売したとしても、これにより、同製品の販売出所がミサワ以外の特定の者であるとの認識が住宅建築業界に広まるということは、考えにくいことである。

(四) 被控訴人が自己の宣伝広告活動の根拠とするもの(甲第四号証ないし第一二号証)は、周知性獲得の根拠として重視できるようなものではない。

(1) 甲第四号証は、白井を著者とする「新編 住宅合理化新時代」と題する書物であるが、平成二年九月二〇日の発行であり、甲第五号証は、白井(被控訴人代表者の肩書のあるものもある。)名による「住宅合理化新時代」と題する連載文を掲載した日刊木材新聞であるが、発行は、平成元年二月一四日を最初とし平成二年九月一八日を最後とするものである。しかも、これらの中には、トルクワイヤーの文字や本件製品の写真はない。

(2) 甲第六号証は、昭和五八年春発行された「季刊輸送展望」と題する書物であり、その中に白井(被控訴人代表者であることが示されている。)を筆者とする「建材物流の現状と問題点」と題する文章がみられるが、そこには本件製品に関しては何らの記載もない。

(3) 甲第七号証は、昭和五九年一〇月二九日を発行日とする、白井を著者とする「住宅・物流〓組立マニュアル」と題するパンフレットであり、付録としてトルクワイヤーの文字並びに本件製品の写真が掲載されている。

しかし、その販売部数は二〇〇にすぎず(原審における被控訴人代表者の尋問の結果、平成四年五月二六日付け本人調書二丁)、しかも、右「トルクワイヤー」はありふれた普通の活字体で表示されたものであって、被控訴人商標ではなく、また、本件製品の写真から同商標を認識することも全く不可能である。

(4) 甲第八号証は、白井名による「住宅物流新時代」と題する連載文を掲載した住宅産業新聞であり、その二三〇号に「・・・接合を迅速確実にする「トルクワイヤー」・・・」の記載があるが、それ以外には本件製品に関する記載は一切存在しないから、読者は、これにより具体的商品を想像することもできない。

(5) 甲第九号証は、「現場の工業化」と題するパンフレットであり、そこには、被控訴人製品と被控訴人名が示されている。そして、白井は、原審における被控訴人代表者尋問において、これを昭和六二年から昭和六三年にかけて五〇〇〇部配布した旨供述している。

しかし、そこに被控訴人の本店所在地として示されているのは、「神奈川県南足柄市塚原四九一九-八八」であり、被控訴人が右に本店を移転したのが昭和六三年六月二〇日であったこと(甲第一六号証、登記簿謄本)からすれば、右パンフレットが作成されたのが昭和六三年六月以降であることは明らかであり、白井の右供述は信頼できないものといわなければならない。

(6) 甲第一〇号証ないし第一二号証は、いずれも「マルチフレーミングシステム」と題するパンフレットであって、そこには、被控訴人製品と被控訴人名が示されているが、被控訴人の本店所在地として示されているところは甲第九号証の場合と同じあるから、作成されたのが昭和六三年六月以降であることは明らかである。

(7) このようにみてくると、被控訴人が出所表示としての周知性を取得したと主張する昭和六二年五月までに行われた宣伝広告活動は、販売部数は二〇〇であるとされる甲第七号証のパンフレットのみということになる。

被控訴人がパンフレットを頒布した対象は、パンフレットの内容自体からみて、いわゆる大手住宅業者に属さない中小建築業者であることは容易に推察できるところであり、かつ、その頒布手段は郵送を主体とするものであることからすれば、必ずしもすべてが開封熟読されたものとはいい難い。

出所表示の周知性獲得を論ずるに当たり、この程度の宣伝広告がとるに足りないものであることはいうまでもないことである。

(五) 被控訴人商標を付した被控訴人製品につき、もし販売者としての出所表示の周知性が発生したとするならば、先に述べた取引の実情からみて、出所としては、昭和五二年以来一貫して自社商品として宣伝販売してきたミサワ以外の者を考えることはできない。

4  同4(控訴人による控訴人製品の製造販売)は認める。ただし、昭和六二年一二月ころまでの控訴人製品には、控訴人商標も被控訴人商標も付されていなかった。

5  同5(控訴人の行為の不正競争防止法該当性)は争う。

(一) 被控訴人製品と控訴人製品の形態上の差異

(1) 本件製品の形態は、もともと、控訴人あるいはその設立者である前代表者広田隆の考案した荷締機(乙第一号証参照)から発展してきたその一類型というべきものであって、直接的には、控訴人の荷締機E型(乙第二七号証)とミサワのコーナー金具(乙第二六号証)を控訴人が合体させてできあがったものであり、その主要部分の基本的形態は、荷締機とほとんど変わらない。

(2) 本件製品を使用するのは、大工職等の専門職のみである。

これらの者が、自己の使用する道具類の選択に当たってその基準とするのは、候補となるものの性能(使い勝手の良否等を含む。)が中心であり、そこでは、それ以外の要素は、相対的に低下し、意匠的要素も、それが性能に関係しない限り重視されることはない。

(3) 被控訴人製品と控訴人製品との間には、以下のような形態上の差異がある。

ア ラチェットギヤは、被控訴人製品においては二個であるの対し、控訴人製品においては一個である。被控訴人製品の二個のラチェットギヤの位相は二分の一ピッチ分だけ変えてある。

イ ラチェット爪は、被控訴人製品においては、枠体の片側に二個(送爪、受爪各一個)、他の片側に一個(受爪)の合計三個であるのに対し、控訴人製品においては、二個(送爪、受爪各一個)あるのみである。

ウ 受爪の巻きばね(巻取りハンドルの逆方向倒伏による自動爪外し機構)は、被控訴人製品にはなく、控訴人製品にはある。

エ ギヤの歯数は、被控訴人製品においては一四であるのに対し、控訴人製品においては一三である。

オ ワイヤの取出口は、被控訴人製品においては孔となっているのに対し、控訴人製品においてはローラと背板の間隙となっている。

カ ドラム取付金具の上部は、被控訴人製品においては直線であるのに対し、控訴人製品においては曲線になっている。

キ 把手は、被控訴人製品においては直線状であるのに対し、控訴人製品においてはU字型となっている。

ク 巻き取りドラム及びワイヤーの各径は、被控訴人製品のものに比べて控訴人製品のものは大きくなっており、これに応じてその他の各部品の大きさにも違いがある。

これらの差異により、両製品の間には、意匠的観点からの外観上の差異と同時に、道具としての性能にも以下のような差異が生じている。

ア 牽引荷重において、控訴人製品は被控訴人製品に比べて相当に大きい。

ロープの安全係数を六とした場合(労働省告示五三号参照)、使用上の荷重制限は、被控訴人製品については三〇三キログラムであるのに対し、控訴人製品については四九五キログラムである。

イ 控訴人製品においては、位相を二分の一ピッチ分だけ変えてある歯数一四のラチェットギヤ二個の被控訴人製品に対し、歯数一三の大型ラチェットギヤ一個としたため、被控訴人製品に比べて、調製ピッチが粗くなるという欠点が生じた反面、ハンドル操作回数が少なくてすむ、破損率が減少するという利点もある。

ウ 控訴人製品においては、巻取りハンドルの逆方向倒伏による自動爪外し機構を採用したため、被控訴人製品において必要とされる緊張解除の際の手動操作が不要になり、安全性が向上した。

要するに、控訴人製品は、被控訴人製品に比べて、ピッチの細やかさを犠牲にしている代わりに、より強力で使い勝手のよいものとなっているのであり、両者のこのような差異が、前記基準で自己の道具を選択する大工職等の専門職にとって、決定的に重要な意味を有することは明らかなことである。

(二) 被控訴人商標と控訴人商標の差異

(1) 普通の書体で横書きされた「トルクワイヤー」につき、昭和五九年一月二六日白井を出願人として、同じく「トルクタイトナー」につき、平成元年一〇月三一日控訴人を出願人として、指定商品を共通にする商標登録が認められている(甲第二号証の一・二、乙第二号証の一ないし四)。

このことは、普通の書体で横書きされた「トルクワイヤー」及び「トルクタイトナー」については、荷締機等の指定商品との関係において、「トルク」を商標の要部として認めないということであり、この判断は、「トルク」という言葉自体が、力学的な正確な意義はともかく、単純に回転体の力の強弱を示す用語として、日常化、普遍化している社会の現実と一致するものである。

被控訴人商標と控訴人商標とが、その観念及び称呼において互いに類似しないものであることは、このことによっても明らかなことといわなければならない。

(2) 商標の類否を判断するに当たり、観念及び称呼における不一致を軽視することは、特に、商品取引の大部分が標準的な書体による平かな文字を使用するコンピュータによって行われ、平かな文字で表現された商標、商品名、商品番号等の単独又は組合せで成立している、現在における商品取引における実状を無視するものとして、不当といわなければならない。

(3) 被控訴人は、被控訴人商標と控訴人商標は、その基本構成(模様、図形、色彩、配列、書体)においてすべて一致しており、これを全体的にみれば、両者が類似していることは明らかであるとして、外観上の類似を強調するが、仮に被控訴人主張のとおり外観上類似するといえるとしても、右に述べたところに照らすと、不正競争防止法該当性の判断においてそれを過大に評価するのが誤りであることは、明らかである。

6  同6(控訴人の故意過失)は争う。

(一) 被控訴人と控訴人との間に継続的取引契約が存在し、これに基づき両者が取引を継続していたこと、被控訴人が販売した被控訴人製品約二五〇〇台が右契約に基づき控訴人が製造したものであることは事実であるが、その契約内容は、被控訴人の主張する専属的製造委託契約といった種類のものではない。

(二) 被控訴人と控訴人との間の右継続的取引契約が昭和六二年五月二九日合意で解約されたこと、同日付けの解約合意書(甲第二二号証)及び確認書(甲第二三号証)が作成されたことは認める。

しかし、右確約書は被控訴人主張のような意味を有するものではない。

7  同7(損害)は、昭和六二年六月から平成二年七月までの販売台数が八一六であることを認め、その余を争う。

三  控訴人の主張

1  控訴人と被控訴人との間の取引の経緯と実態

(一) 控訴人は、その前代表者広田隆が、昭和二五年ころ、個人としてワイヤ(鋼索)用荷締機の製造販売を始めたものが法人成りした会社であり、今日に至るまで一貫して、荷締機をその主力商品として製造販売してきている。

この荷締機は、例えばトラックに重量物を積載するとき、積載物の固定の為に積載物を覆うように掛けられるワイヤを、荷崩れを起こさないように十分に緊締するために用いる機械であり、ワイヤと荷台間あるいはワイヤ相互間の必要な部所に設置される。この荷締機は、巻取りドラムと巻取りハンドルを主体とする巻取り枠を主体とし、その一方にチェーンを、他方にフック付きの巻取りワイヤを装備したものであり(甲第三号証、乙第一号証、第三四号証参照)、この原則的機構は、過去何十年来踏襲されてきたものであり、現在においても変わっていない。

(二) 控訴人は、右ワイヤ用荷締機に加えて、巻取りワイヤの代わりに合成繊維の平ベルトを使用した木材製品用の荷締機を考案し、昭和四七年ころ、これを完成してラッシングベルトと名付け(乙第三三号証)、顧客を求めることになり、当時木質系プレハブ住宅建築業者として既に著名であったミサワも有力な候補と考え、控訴人の京浜地区代理店であった岡谷鋼桟株式会社に、ミサワへの紹介、斡旋を依頼していたところ、それがきっかけで、昭和四九年九月ころ、そのころ訴外産業輸送開発株式会社(以下「訴外産業輸送開発」という。)の代表者としてミサワの製品輸送を担当していた白井を紹介されるに至った。

当時、白井が、ミサワの木質パネルを傷つけることなく吊り上げる装置(以下「クランプ」という。)の製造業者を探していたこともあり、ここに、白井と控訴人は、ミサワに関して共通の利益を期待しうる関係に立つことになった。これが、控訴人が白井あるいは訴外産業輸送開発、次いで被控訴人との取引を始めるそもそものきっかけである。

(三) ラッシングベルトそのものについては、結局、ミサワの採用するところとならず失敗に終わったが、右クランプの研究・開発の関係でミサワとの間につながりができ、ミサワとの接触を図るとの控訴人の目的自体は、白井を通じて達成されることになった。

(四) このようにしてミサワとの間につながりのできた控訴人は、ミサワ及び白井の求めていたクランプにつき、研究、開発を進め、昭和四九年九月三〇日その構想を完成させ(乙第一三号証、第一四号証の一ないし三)、さらに試作、試験等を重ねた結果、昭和四九年一二月四日ミサワの茨城営業所において、同月一六日訴外産業輸送開発において、それぞれ実験を行って、所要の改良を実施すれば製品化できることを、白井、ミサワとの三者間で確認し合うに至った。

(五) 昭和五〇年一月二二日、右三者間で更に協議が行われ、クランプについての意匠権・実用新案権を磯部特許事務所に依頼すること、権利者は控訴人及び訴外産業輸送開発の両者とすること、商品化に当たり、製造権は控訴人が、使用権はミサワ及び訴外産業輸送開発が取得すること、将来の技術開発については三者で行うこと、開発費用はミサワが負担すること等の、将来の継続的取引関係についての大要が決定された(乙第三六ないし第三八号証)。

(六) 昭和五一年三月二六日、「クランプ装置の販売方針について」と称する協議が、控訴人と白井との間で行われ、工事現場における損害については控訴人が製造者として保険を付すること、保証期間を一年とすること、保証書は控訴人が作成すること、カタログは訴外産業輸送開発が作成すること等が決定された(乙第三九号証)。これに基づいて作成されたのが、アントクランプと題するカタログ(乙第三五号証)である。

(七) このような経過でクランプの商品化が現実化していったが、その途中の昭和五〇年二月一五日、白井が前記昭和五〇年一月二二日の約束に反し、控訴人を権利者としないでクランプに関する実用新案及び意匠の登録出願をしていることが明らかとなり、これが契機となって、同年五月二六日、控訴人と訴外産業輸送開発との間で、クランプに係る改良、製造、販売、工業所有権の処理等に関する合意事項を明確にして書面化することとなった(乙第三号証)。

(八) その後、訴外産業輸送開発が倒産したため、白井は、事実上休眠状態にあった別の会社を復活させてその事業を継続することになり、それに伴い、その会社が前記契約上の訴外産業輸送開発の地位を引き継ぐことになり、昭和五二年五月一四日新たな契約書が作成されるに至った(乙第四号証)。この会社が被控訴人である。

(九) 当時、ミサワでは、複数の木質パネルを建築現場で強引に突き合わせて、パネルとパネルの端面間に発生する空隙を消滅させた後(これを「隙間取り」という。)、パネルの接合端面相互を釘等で固着するという工程を採用しており、パネル相互の突き合わせのためには、複数のパネルの全周にワイヤロープを張り巡らせ、それを従来の荷締機(シメラー、ヒッパラー等)で締める工程を用いていた。

しかし、複数の平板なパネルの全周にワイヤロープを張り巡らせる作業は、それだけ余分の手数を要するので、当時、ミサワ自身、片面だけで突き合わせる工程を検討中であり、控訴人は、それに関係する金具であるL型コーナー金具の図面(乙第二六号証)をミサワからもらって種々研究、検討、試作した結果、片面だけで隙間取りのできるコーナー金具を開発することに成功し、昭和五〇年二月ころ、このコーナー金具に対応する荷締機として荷締機E型(乙二七号証)を作成して、ミサワに採用してもらうことができた(乙第一一号証)。

しかし、右製品は、コーナー金具の分だけ製造原価も運送費等もシメラ等に比べて高くなるという欠点があったため、これに対処する必要があり、その結果控訴人が苦し紛れに考案したのが、荷締機本体とコーナー金具を一体化させるという、当時の常識を超えた本件製品の発想であったのであり(隙間取り用にワイヤロープを使用する場合、荷締機構は、左右のワイヤロープと等距離の位置に設置しなければ全体に均等な緊縮力を発揮できないというのが当時の常識的な認識であった。)、これが完成したのは昭和五二年九月ころであった(乙第三一号証の昭和五二年九月三〇日の欄)。

控訴人は、これについての名称「トルクワイヤー」と被控訴人商標を自ら創作したうえ、自社の近くの印刷屋に印刷させ、これを本件製品に貼付して、出荷してきた。

(10) 控訴人と被控訴人との間の前記契約書(乙第四号証)作成時、本件製品は開発されておらず、したがって、その契約の対象になっていないにもかかわらず、白井は、これについても、クランプの場合と同様、控訴人の知らない間に、白井個人を出願人として、昭和五三年四月二六日意匠の、昭和五四年八月一日商標の、各登録出願をし、それぞれ昭和五四年一二月二五日及び昭和五九年一月二六日登録を認められるに至った。

控訴人は、後になってこのことを知らされたが、当時白井と協力関係にあったことから、そのままにすることにしてすませた。

(二) 被控訴人は、昭和五六年半ばころまでは、実質的にも控訴人から被控訴人製品を購入しそれをミサワに販売する事業に携わっていた。すなわち、控訴人は、被控訴人からの注文に基づいて、被控訴人の指示したミサワ関係の納入先に納入し、被控訴人から代金の支払を受けていた。

しかし、そのころ、右取引ににしきが介入してきて、その形態が変わった。すなわち、控訴人は、にしきからの注文に基づいて、同社の指示したミサワ関係の納入先に納入し、その代金だけは被控訴人から支払を受けるという形になった。

さらに、昭和五九年以降、被控訴人は、ミサワとの関係が途絶してミサワへの販売は全くできない状態となり(乙第一七号証)、しかも、昭和五八年末から昭和五九年初めにかけてのころ事実上倒産し、それ以後昭和六二年の半ばころまでの約三年間ほとんど営業中止の状態にあって、ミサワ以外の業者に販売できる可能性もほとんどなかった。そのため、被控訴人と控訴人との被控訴人製品の取引は、昭和五九年一三台、昭和六〇年〇台、昭和六一年一二台、昭和六二年(五月末まで)二九台にとどまっていた(甲第二四号証の二)。

(三) 昭和五九年九月一七日、鶴岡簡易裁判所で、被控訴人と控訴人との間に、被控訴人は、その未払売買代金約五六〇万円の存在を認め、これを昭和五九年一〇月から毎月最低二〇万円ずつ分割弁済すること、以後の取引は現金取引とすることなどを骨子とする調停が成立した。

被控訴人は、右代金債務のうち六〇万円を支払ったのみで、その余については、今日に至るまで支払わない。

(一三) 白井は、昭和六二年五月九日、債務弁済の件等で弁護士松石献治とともに訪問するとファックスで知らせた後、同月二九日松石弁護士とともに控訴人を訪れた。

甲第二二、第二三号証は、このとき同弁護士の指導によって作成された書面であり、控訴人は、未払代金の支払が受けられるものと信じて、いわれるままにこれらを作成したが、結局支払を受けることはできなかった。

甲第二三号証(確約書)に、本件製品等を第三者に供給しない旨が記入されているのは事実であるが、既に述べてきた控訴人、被控訴人とミサワとの関係、及び、被控訴人自身がミサワとの間に取引を再開することは期待できない状態にあったことなどからすれば、右にいう第三者にはミサワは含まれていないと解すべきである。

もし、そのような解釈が採用できないということになれば、松石弁護士が、これといって欠点のない相手方である控訴人が予想もできないような不利な内容の契約を、控訴人に十分な説明もないまま締結させたことになり、それは錯誤に基づく無効な契約というべきものであり、仮に錯誤にまでは至らないとしても少なくとも被控訴人代表者の詐欺に基づくものというべきであり、控訴人は、これを理由に当審第七回弁論期日に陳述した準備書面により、取消しの意思表示をしたから、いずれにせよ、現在においては効力を有しない。

(一四) 白井は、右訪問の際、控訴人に対し、本件製品等のにしきへの販売数量等を知らせるように求めたので、控訴人がこれに応じて知らせると(甲第二四号証の一、二)、間もなく、これを根拠に、それが被控訴人と控訴人との契約に違反すると称して損害賠償の訴えを提起したが、この訴訟は控訴人勝訴で確定した(乙第一八、二五号証)。

(一五) 本件訴訟は、以上のような経過を経て提起されたものであることにまず着目することが、その実態を把握するうえで必須である。

2  控訴人の抗弁

(一) 右に述べた事実関係の下では、仮に被控訴人商標を付した被控訴人製品に出所表示の周知性が生じていたとしても、控訴人は、それ以前からこれを使用してきており、しかも、最初から、他人の商品との混同を招来させて自己の利益を図ろうとの目的は全然存在しなかったことは明らかであるから、控訴人に先使用の権利が存在することは、明らかというべきである。

(二) 被控訴人、ミサワ、控訴人三者間の協力を約した契約関係の趣旨からすれば、控訴人は、少なくともミサワに対しては、製品を供給し続ける責任があり、何らかの理由により被控訴人がそこから抜けたからといって、これをやめることができるものではなく、またやめなければならないものでもない。これは、取引上の信義誠実の原則からの当然の要請である。

控訴人は、昭和五九年被控訴人がミサワとの取引を廃絶した後も、にしきを通じてミサワとの取引を継続してきたが、これは右の要請に従ったまでのことであるから、これが問題にされる余地はないはずである。そして、被控訴人が本訴請求の根拠とする控訴人による控訴人製品の製造販売は、すべて右ミサワとの取引の一環として行われたものなのである。

このような状態の下で、被控訴人が、控訴人に対し、調停で合意した自らの債務の弁済もしようとしないままに、控訴人による右製造販売を理由に不正競争防止法に基づく主張をすること自体、信義誠実の原則に反し、あるいは権利濫用に該当するものであることは、明らかなことといわなければならず、控訴人の行為が形式上不正競争防止法の条文に該当するか否かのいかんにかかわらず、右主張は排斥されなければならない。

四  控訴人の主張に対する被控訴人の認否

ミサワとの接触を図る控訴人と既にミサワとの間に取引のあった白井との間に交渉が生じたのが、昭和四九年九月ころ、岡谷鋼桟株式会社を通じてであったことは認めるが、その余は全面的に争う。本件製品等の住宅建築用の治工具類を開発したのも、その商標を創作したのもすべて白井であり、控訴人は同人の指示に従って具体的な行為をしていたにすぎない。

第三  証拠

原審及び当審における書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  当事者及び控訴人による控訴人製品の製造販売

請求の原因1の事実及び同4のうち、控訴人が、昭和六二年八月ころから、控訴人製品の製造販売を開始し、以後これを平成元年五月二〇日まで続けたこと、その間、少なくとも昭和六二年一二月からは、控訴人製品に控訴人商標が付されていたことは、当事者間に争いがない

二  被控訴人製品の開発、製造、販売の経緯等

右争いのない事実、成立に争いのない甲第二二、第二三号証、第二四号証の一、二、乙第一、第三ないし第八、第一〇、第一一、第一六ないし第二〇号証、第二二号証の一、二、第二三、第二五、第二八、第三五号証、控訴人代表者尋問の結果(原審)及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一三号証、第一四号証の一ないし三、第二六、第二七、第二九号証、第三六号証の一の一ないし五、同号証の二の一ないし四、同号証の三の一ないし四、第三七号証、第三八号証の一ないし四、第三九号証(原本の存在とも)、第四〇号証、控訴人及び被控訴人各代表者尋問の各結果(いずれも原審及び当審)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  荷締機をその主力製品として製造販売してきた控訴人は、昭和四九年ころ、木質系プレハブ住宅建築業者として既に著名であったミサワの製品輸送を当時担当していた訴外産業輸送開発の代表者白井を通じ、ミサワ及び白井が開発しようとしていたクランプの開発に参画するようになり、三者の協力でその商品化が実現し、商品名アントハンガークランプとして、ミサワに納入された。これにつき、昭和五〇年五月二六日、控訴人と訴外産業輸送開発との間で、クランプに係る改良、製造、販売、工業所有権の処理等に関する契約書(乙第三号証)が作成された。

その後、訴外産業輸送開発が倒産し、右契約上の地位は別会社である被控訴人が引き継ぐことになり、昭和五二年五月一四日、控訴人と被控訴人との間で新たな契約書(乙第四号証)が作成された。

2  前記クランプの開発、商品化と並行して、控訴人は、ミサワの要望にによりパネル接合機の前身である荷締機E型を作成し、ミサワの採用するところとなったが、右三者は、更にパネル接合機の開発、商品化に取り組み、昭和五二年九月ころ、試作品(検乙第一号証)を経て、被控訴人製品(検甲第一号証の一、二)が完成し、トルクワイヤーと名付けられた。

被控訴人は、前記クランプ及び被控訴人製品は、被控訴人代表者である白井が専ら開発、完成させたもので、控訴人は、被控訴人からの依頼により製造したものにすぎない旨主張し、被控訴人代表者尋問の結果(原審及び当審)中には、これに沿う供述がある。しかし、前掲乙第三、第四号証、第三八号証の一ないし三及び控訴人代表者尋問の結果(原審及び当審)によれば、昭和五〇年一月二二日、右三者間で協議が行われ、クランプについての意匠権・実用新案権を磯部特許事務所に依頼すること、権利者は控訴人及び訴外産業輸送開発の両者とすること、商品化に当たり、製造権は控訴人が、使用権はミサワ及び訴外産業輸送開発が取得すること、将来の技術開発については三者で行うこと、開発費用はミサワが負担すること等の、将来の継続的取引関係についての大要が話され、これに基づいて、訴外産業輸送開発と控訴人との前示昭和五〇年五月二六日付け契約、被控訴人と控訴人との前示昭和五二年五月一四日付け契約において、クランプの開発、改良等による工業所有権の出願権は、原始的に控訴人に帰属することを前提とした約定(第三条)が定められたことが認められ、また、前述のとおり、被控訴人製品の開発については控訴人が作成した荷締機E型がその祖型をなしているのであり、これらの事実によれば、右のクランプ及び被控訴人製品の開発、完成が控訴人の技術力を無視しては実現できなかったこと、白井もこれを十分に認識していたことが認められ、この事実に反する被控訴人代表者の前示供述部分は到底信用できないといわなければならない。この間に、白井が個人名義で、クランプにつき実用新案、意匠の、パネル接合機につき意匠の、トルクワイヤーにつき商標の各出願をした事実は、右認定を覆すに足りない。

3  右の経緯によって完成した被控訴人製品には、被控訴人商標が付されて、以後、ミサワからの申し出に基づき、被控訴人を通じて注文を受けた控訴人が製造し、これを被控訴人の指示したミサワ傘下の業者に納入し、代金は被控訴人から控訴人に手形で支払をするという関係が継続したが、昭和五六年以降、にしきが取引に参入するようになり、控訴人は、ミサワからの申し出に基づいたにしきからの注文により製造した被控訴人製品を納入し、代金は、被控訴人から受領するという取引形態をとるようになった。

ミサワが被控訴人製品を本格的にその傘下の業者に推奨するようになった昭和五五年以降は、ミサワは被控訴人製品をあたかも自己の製品のように掲げたパンフレット等を業者に配布しており、被控訴人製品の具体的販売形態は、細長の段ボール箱の側面に「トルクワイヤー」、端面に、販売者としての被控訴人名及び製造者としての控訴人名とその住所電話番号を表示し、被控訴人製品自体には、一側面に被控訴人商標の、他の側面に被控訴人のマークである蟻図形の各ラベルを貼付し、ワイヤーロープのゆるめ方を図示説明した剛性樹脂性の説明書を貼付するとともに、別に作成した控訴人名のみ入った取扱説明書を箱内に入れて発送するというものであった。

4  昭和五八年一二月から昭和五九年一月にかけて、被控訴人は手形不渡りを出して事実上倒産し、同年七月には、にしきとの取引関係も絶ち、それ以前からミサワと不仲になっていた被控訴人とミサワとの取引関係は全く途絶し、昭和六三年六月二〇日、その本店を神奈川県南足柄市塚原四九一九番地八八に移転して、その事業を再開するに至るまでは、わずかに、控訴人から被控訴人製品を昭和五九年一三台、昭和六一年一六台、昭和六二年(五月末まで)二九台現金買いして、事業の継続を図り、再開の準備に備えていた。

被控訴人が控訴人に対して負担した被控訴人製品等の売買代金債務については、昭和五九年九月一七日、鶴岡簡易裁判所において、売買残債務五六〇万円につき、同年一〇月から毎月少なくとも二〇万円を分割弁済する旨の調停が成立したにもかかわらず、被控訴人は内六〇万円を支払ったのみで、事業を再開した後においても、その余の支払はしないまま、現在に至っている。

5  昭和六二年五月二九日、白井は弁護士とともに控訴人本社を訪れ、同日付けで、控訴人と被控訴人は、両者間の従来の継続的取引関係を全面的に合意解除する旨を約し(甲第二二号証)、控訴人は、被控訴人に対し、ハンガークランプ、トルクワイヤー、床吊りフックの三点につき、同日以降、同製品及び部品の製造、その第三者への販売は一切しない旨を確約した文書(甲第二三号証)を手交した。

その後、被控訴人は、控訴人に対し、昭和五九年から昭和六二年までに控訴人がにしきを通じてミサワに前記製品を販売したことが、両者間の継続的取引契約における被控訴人のみに前記製品を販売するという特約に反するとして損害賠償請求の訴えを提起したが、同特約は控訴人が前記製品をミサワに売ることについては制約にならず、これを捉えて同特約違反として損害賠償を請求することは信義則上許されないとして、被控訴人の敗訴が確定した(第一審東京地方裁判所八王子支部平成二年三月二九日判決、控訴審東京高等裁判所平成三年一月三〇日判決、上告審最高裁判所平成四年一月三〇日判決)。

6  被控訴人が本訴請求の根拠とする控訴人による昭和六二年八月ころから平成元年五月二〇日までの控訴人製品の製造販売は、前示ミサワとの前示継続取引の一環としてなされたものである。

三  被控訴人製品及び被控訴人商標の周知性の有無

1  昭和五三年ころから昭和六二年五月ころまでの間、被控訴人が被控訴人製品を合計約二五〇〇台販売したことは、当事者間に争いがなく、このうち、昭和五九年以降の分については、被控訴人が控訴人から現金買いをしたものをすべて販売したとしても、同年から昭和六二年まで合計五八台にすぎないことは、前示の事実から明らかである。

被控訴人代表者尋問の結果(原審)中には、四〇〇〇台ないし五〇〇〇台販売したとの供述部分があるが、その供述自体あいまいであり、右事実に照らして採用することはできない。

2  前示二3認定の事実によれば、被控訴人とミサワとの取引関係が途絶した昭和五九年に至るまで、被控訴人製品は専らミサワに供給され、ミサワからその傘下の業者に販売されていたのであり、この間、特に、ミサワが被控訴人製品を本格的にその傘下の業者に推奨するようになった昭和五五年以降、ミサワは被控訴人製品をあたかも自己の製品のように掲げたパンフレット等を業者に配布しているのであり、被控訴人がこれにつき独自の宣伝活動をした形跡は、本件全証拠によっても認めることができない。

したがって、その間、被控訴人製品の包装箱に、製造者としての控訴人名とともに、販売者としての被控訴人名及びトルクワイヤーの文字が表示され、被控訴人製品自体に、被控訴人商標のラベルと被控訴人のマークである蟻図形のラベルが貼付されていたとしても、また、被控訴人製品と同種の製品がそれまでになく、その形態が新規なものであっても、これのみによっては、被控訴人製品及び被控訴人商標が一体となった商品表示が、当業者の間に全国的に、被控訴人製品の出所を表示するに足りる表示として認識され周知となったものとは認められない。

そして、昭和五九年以降昭和六二年半ばころまでは、前示のとおり、被控訴人は事実上倒産し、その営業活動は微々たるものであったのであるから、被控訴人が周知性を取得したと主張する昭和六二年五月ころまでに、被控訴人製品の形態及び被控訴人商標が一体となった商品表示が周知となったと認めることはできない。

成立に争いのない甲第九ないし第一二号証及び被控訴人代表者尋問の結果(原審)によれば、被控訴人が事業を再開した後の昭和六三年半ばころ以降平成元年にかけて、被控訴人が被控訴人製品と被控訴人名が示されているパンフレット等をミサワ傘下の業者以外の業者に合計約三万部配布したことは認められるが、これによっては、平成元年五月二〇日までの間に、被控訴人製品の形態及び被控訴人商標が一体となった商品表示が、当業者の間に全国的に、被控訴人製品の出所を表示するに足りる表示として認識され、周知となったと認めることはできない。

その他、右周知性を認めるに足りる証拠はない。

四  被控訴人商標を付した被控訴人製品と控訴人商標を付した控訴人製品の類似性の有無

1  被控訴人製品と控訴人製品の形態の類否

(一)  成立に争いにない乙第二二号証の一、二、第二三号証、被控訴人製品であることにつき当事者間に争いのない検甲第一号証の一、二、控訴人製品であることにつき当事者間に争いのない同第二号証の一、二、控訴人及び被控訴人各代表者尋問の結果(いずれも原審)及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実を認めることができる。

(1) 被控訴人製品と控訴人製品との間には、以下のような形態上の差異がある。

ア ラチェットギヤは、被控訴人製品においては二個であるの対し、控訴人製品においては一個である。被控訴人製品の二個のラチェットギヤの位相は二分の一ピッチ分だけ変えてある。

イ ラチェット爪は、被控訴人製品においては、枠体の片側に二個(送爪、受爪各一個)、他の片側に一個(受爪)の合計三個であるのに対し、控訴人製品においては、二個(送爪、受爪各一個)あるのみである。

ウ 受爪の巻きばね(巻取りハンドルの逆方向倒伏による自動爪外し機構)は、被控訴人製品にはなく、控訴人製品にはある。

エ ギヤの歯数は、被控訴人製品においては一四であるのに対し、控訴人製品においては一三である。

オ ワイヤの取り出し口は、被控訴人製品においては孔となっているのに対し、控訴人製品においてはローラと背板の間隙となっている。

カ ドラム取付金具の上部は、被控訴人製品においては直線であるのに対し、控訴人製品においては曲線になっている。

キ 把手は、被控訴人製品においては直線状であるのに対し、控訴人製品においてはU字型となっている。

ク 巻き取りドラム及びワイヤーの各径は、被控訴人製品のものに比べて控訴人製品のものは大きくなっており、これに応じてその他の各部品の大きさにも違いがある。

ケ ラチェットギアと爪は、被控訴人製品においてはハンドルの外側であるのに対し、控訴人製品においてはハンドルの内側である。

(2) これらの差異により、両製品の間には、商品形態としての外観上の差異と同時に、道具としての性能にも以下のような差異が生じている。

ア 牽引荷重において、控訴人製品は被控訴人製品に比べて相当に大きい。

イ 控訴人製品においては、位相を二分の一ピッチ分だけ変えてある歯数一四のラチェットギヤ二個の被控訴人製品に対し、歯数一三の大型ラチェットギヤ一個としたため、被控訴人製品に比べて、調製ピッチが粗くなるという欠点が生じた反面、ハンドル操作回数が少なくてすむ、破損率が減少するという利点もある。

ウ 控訴人製品においては、巻取りハンドルの逆方向倒伏による自動爪外し機構を採用したため、被控訴人製品において必要とされる緊張解除の際の手動操作が不要になり、安全性が向上した。

(二)  被控訴人製品や控訴人製品等本件製品を使用するのが、大工職等専門職であることは、本件製品の性質に照らし明らかであり、これら専門職の者がその専門の仕事に使用する道具を選択するに当たっては、その機能を最も重視し、それを選択の基準の中心におくものであること、したがって、これらの専門職は、道具の選択に当たり、一般に高い識別力を有し、特に機能に関係する差異については、専門職以外の者ならば気にとめないようなものであっても、これを識別する傾向が顕著であることは当裁判所に顕著であるから、これら専門職にとり、被控訴人製品と控訴人製品との間の前認定の差異は、決して小さな差異ではなく、これら専門職によって両者の形態が誤認混同されるおそれが大きいとすることはできない。

2  被控訴人商標と控訴人商標の類否

被控訴人商標と控訴人商標とを対比すると、両者の基本構成(模様、図形、色彩、配列、書体)がすべて一致していることは事実であるが、「トルク」という共通部分は回転体の力の強弱を表すものとして一般に用いられる言葉であること、トルク以外の「ワイヤー」と「タイトナー」は称呼、観念とも異なるものであること、本件製品の利用者である大工職等の専門職にとって、選択の際の判断基準の中心は前述のとおり機能に関係する部分であること等に照らすと、上記一致が、両製品の誤認混同のおそれを生じさせるうえで大きな力を有するとすることはできない。

3  被控訴人製品の形態と控訴人製品の形態の類否、被控訴人商標と控訴人商標の類否が右のようなものであれば、形態と商標を合体したもの同士においても、これらの間に誤認混同のおそれがあるということはできないものといわなければならない。

五  以上によれば、被控訴人の本訴請求は、右いずれの理由によっても、理由がないことに帰するので、これと見解を異にし、被控訴人の請求を一部認容した原判決は、右認容の範囲で誤っているから、原判決中控訴人敗訴部分を取り消したうえ、被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)

別紙(一)

「被控訴人製品外観形態図面及び写真」

「被控訴人製品外観形態説明書」

第一図面

〈省略〉

第二図面

〈省略〉

第一写真

〈省略〉

第二写真

〈省略〉

被控訴人製品の外観形態の説明書

被控訴人製品現品の外観形態(図面・写真により特定)は、次の一及び二の各意匠的構成から成る。

一 第一図面及び第一写真(トルク本体)の意匠構成

1 横長形状の背板の一端部を二重に折り曲げ、上方に開口する大きなフックを設け(第一図面第一要件という。)

2 その内方下面に巾広いL型状のパネル受け金具を設け(同第二要件)

3 把手部(ニギリ)は、背板中央部に直線パイプ状に固着し(同第三要件)

4 背板の他端には大径の巻取りドラム、バネ軸、ワイヤー抑え軸を収容し、ワイヤー側を開放端とした長方形の枠体を設け(同第四要件)

5 その両側に大径ラチェットギヤーと、ラチェット爪を設け(同第五要件)

6 その内側に、駆動レバーの両脚を固定し(同第六要件)

7 解放端部にワイヤー抑え軸を横架した(同第七要件)

8 右1ないし7の各形状の一体結合から成るパネル用接合機の本体の形態である(同第八要件)。

二 第二図面及び第二写真左側(付属品コーナー)の意匠構成

1 横長背板の一端に上方に開口するフックを形成し(第二図面第一要件

2 その内方下面にパネル受け金具を固着形成し(第二要件)

3 把手部(ニギリ)は背板中央部に直線パイプ状に固着し(第三要件)

4 背板の他端を折り曲げて、その内方下面にL型状のパネル受け金具を固着した(第四要件)

5 右1ないし4の各形状の一体結合から成るパネル接合機の付属品コーナーの形態である(第五要件)。

(以上)

別紙(二)

「控訴人製品外観形態図面及び写真」

「控訴人製品外観形態説明書」

第一図面

〈省略〉

第二図面

〈省略〉

第一写真

〈省略〉

第二写真

〈省略〉

控訴人製品の外観形態の説明書

控訴人製品現品の外観形態(図面・写真により特定)は、次の一及び二の各意匠的構成から成る。

一 第一図面及び第一写真(トルク本体)の意匠構成

1 横長形状の背板の一端部を二重に折り曲げ、上方に開口する大きなフックを設け(第一図面第一要件という。)

2 その内方下面に巾広いL型状のパネル受け金具を設け(同第二要件)

3 把手部(ニギリ)は、背板中央部にU字パイプ状としてその端部を背板の上方膨出部の基部に固着し(同第三要件)

4 背板の他端には大径の巻取りドラム、バネ軸、ワイヤー抑え軸を収容し、上面を丘上にし、かつワイヤー側を開放端とした長方形の枠体を設置し(同第四要件)

5 その一側にのみ、一個の大径ラチェットギヤーと、ラチェット爪を配し(同第五要件)

6 その外側に、駆動レバーの両脚を固定し(同第六要件)

7 解放端部にワイヤー抑え軸を横架した(同第七要件)

8 右1ないし7の各形状の一体結合から成るパネル用接合機の本体の形状である(同第八要件)。

二 第二図面及び第二写真右側(付属品コーナー)の意匠構成

1 横長背板の一端に上方開口するフックを形成し(第二図面第一要件)

2 その内方下面にパネル受け金具を固着形成し(第二要件)

3 把手部(ニギリ)は背板中央部にU字パイプ状に固着し(第三要件)

4 背板他端を折り曲げて、その内方下面にL字型パネル受け金具を固着した(第四要件)

5 右1ないし4の各形状の一体結合から成るパネル接合機の付属品コーナーの形態である(第五要件)。

(以上)

別紙(三)

「被控訴人商標と控訴人商標との比較」

(被控訴人商標)

〈省略〉

(控訴人商標)

〈省略〉

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